閉塞感のネットワーク(第181回)

3月19日号のニューズウィークに実に不気味な事件が報じられている。
英国ウェールズの炭鉱の町・ブリッジエンドで13ヶ月に17人の若者が自殺したというのである。
2007年1月5日にデール・クロール(18)が廃屋の倉庫で自殺。そこへ警官を案内した友人のデービッド・ディリング(19)が2月に。その1週間後に二人の共通の友人であるトマス・デービス(20)が公園で。
このような自殺連鎖が1年以上続き、今年の2月19日に17人目の遺体が村の遊び場で発見された。
この報道で、私が何よりも不気味だと思うのは、彼らが共通して、あるSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)に属しているということである。
わが国でもネットで知り合った若者たちが集団自殺する事例が時折あるが、英国の事件も同じ線上の問題に思える。
今回の英国の事件は、自殺者が15歳からせいぜい20歳までの若者ばかりである。
普通に考えれば、自らの無限の可能性を思い、活力に満ち溢れ、人生楽しくて仕方が無い世代であってもおかしくない。
それが、簡単に死を選ぶのである。
もしネットがなかったら連鎖にはならなかったかもしれない。マスコミが盛んに報道しなければ17人まで広がらなかったかもしれない。
それはそうなのかも知れない。しかしそんなことよりも、先進社会に生きる若者のどうしようもない閉塞感をどうすれば払拭できるのか、その解答を出せないことがやるせないのである。