心の右傾化(第256回)

戦争が悲惨であればあるほど反省は深い。
これは戦争の勝ち負けには関係なく、どの国においてもそういうものだと私は思う。
常に勝ち続けていたアメリカがベトナム戦争で苦渋をなめたとき、やはり社会の何かが変ったはずだ。
今回のアフガンやイラクでのアメリカの蹉跌は、黒人大統領の誕生と言う画期的な出来事に大きく影響しているはずだ。
翻ってわが国はどうだろうか?
終戦後60年以上たった。
喉もと過ぎれば熱さを忘れるではないが、戦争の反省も相当薄らいできていて不思議はない。
自衛隊の制服組のトップが日本は侵略国家ではないと主張し、それに対して日本社会はかつてのような拒否反応を起こさなかったように見えた。
自衛隊も国際貢献としてイラクやインド洋などで国外活動をするようになった。
今後、アデン湾へ派遣されることにもおそらく国民は理解を示すだろう。
私自身、それら自衛隊の活動は正しいと思う。
しかしその反面、戦争の反省が薄らぎすぎてもいけない という意識がつねにどこかにある。
一方、われわれの隣国はどうだろうか?
国家の総力をあげて核を持とう(持った?)とする国がある。
軍事費を増やし続け、アメリカに追いつけとばかり自力で大型空母を建造しようという国がある。
これも反省の薄らぎなのだろうか?
経済発展は人々の生活を豊かにするだけではなく、かえって多くの人々を苦しめることもある。
今は内政に本腰入れて取組むべきときなのだが。