公園に見る歴史

「広報まつど」7月25日号は平和特集号でした。
松戸市の戦災状況によれば、東京を空襲するB29は駿河湾方面から侵入し、松戸市上空をへて九十九里浜から離脱したとされています。
離脱の際、機体を軽くするために残っていた爆弾を松戸市に落としたと推測されています。
最初の戦災は、昭和19年11月27日で高塚新田でお一人が重症。この時の米軍の攻撃目標は東京中島飛行機武蔵製作所(現在の武蔵野中央公園)でした。
最後が、昭和20年4月13日23時ごろからで、お二人が亡くなっています。この時の攻撃目標は東京造兵廠ですから、現在の北区立中央公園や陸自十条駐屯地です。
人々が憩い、私たちが何気なく訪れる公園にもこうした戦災の歴史があることを忘れまいと強く思いました。

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