反戦平和」カテゴリーアーカイブ

恒例の憲法記念日街頭演説会

日本国憲法が施行されてから75回目の記念日。八柱駅、新八柱駅頭にて街頭演説会を行いました。
ロシアによるウクライナ侵略、北朝鮮による相次ぐミサイル発射など国際情勢は揺れ動いています。
NPT体制をどう堅持していくのか、国連の機能不全をどう解消してくのか、核拡散を防ぎ、国際社会の緊張緩和のために智慧を出し合うことが、今ほど求められている時はありません。その意味で、2016年に平和安全法制が成立したことは大きな前進でした。
ともかくも、日米同盟をより強固にし、民主主義という同一の価値観を持つ国々と連携を強化することが重要です。
憲法の三原則「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」を堅持しつつ、危機に備える憲法論議を、と強く思います。

長期的視野でウクライナ支援を

4月2日の朝刊各紙は、林外相が岸田総理の特使として、昨夜ポーランドへ向かったことを報じています。
記事によれば、政府は政府専用機でのウクライナ避難民受け入れを検討する、ウクライナの人たちの滞在先の確保や生活費の支給など入国後の支援体制について整備を急いでいると報じています。こうした人道的支援をわが国は積極的に進めるべきと思います。
公明党千葉県議団も、3月17日に熊谷知事に対して『ウクライナへの軍事侵略に関する人道的支援等を求める緊急要望書』を提出し、その第一項目を「県営住宅など住居の提供」としました。今後はホテルなど一時的な滞在場所の提供のみならず、住居や就労支援も必要となってくることと思います。
プーチン大統領が、侵略を簡単にあきらめないことも想定しなければなりませんし、ウクライナ国土の破壊状況を見る限り、復興の長期化が懸念されます。
長期的な視野でのウクライナ支援が求められます。

終戦記念日街頭演説

今年は75回目の終戦記念日です。
公明党松戸市議団とともに戦争の悲惨さを風化させない、二度と戦争を繰り返さない不戦の誓いを表明させていただきました。
今回は、私がこれまで伺ってきた大空襲の体験談を中心に話をさせていたきました。それは、先月の「広報まつど」平和特集号に、私たちが街頭演説をしているまさにこの地「松戸市日暮」においても命を落とされた方がいらしたとされていたからです。
わが国の75歳以上の方は全人口の13.3%です。もの心がつき戦争の記憶を残していらっしゃる方は1割ほどではないかと思います。
思い出したくない記憶かとは思いますが、そのうえでなお戦争について語っていただけるよう、これからの人たちに記憶をつないでいただけるよう、努力をしてまいりたいと思います。

公園に見る歴史

「広報まつど」7月25日号は平和特集号でした。
松戸市の戦災状況によれば、東京を空襲するB29は駿河湾方面から侵入し、松戸市上空をへて九十九里浜から離脱したとされています。
離脱の際、機体を軽くするために残っていた爆弾を松戸市に落としたと推測されています。
最初の戦災は、昭和19年11月27日で高塚新田でお一人が重症。この時の米軍の攻撃目標は東京中島飛行機武蔵製作所(現在の武蔵野中央公園)でした。
最後が、昭和20年4月13日23時ごろからで、お二人が亡くなっています。この時の攻撃目標は東京造兵廠ですから、現在の北区立中央公園や陸自十条駐屯地です。
人々が憩い、私たちが何気なく訪れる公園にもこうした戦災の歴史があることを忘れまいと強く思いました。