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終戦記念日街頭演説

今年は75回目の終戦記念日です。
公明党松戸市議団とともに戦争の悲惨さを風化させない、二度と戦争を繰り返さない不戦の誓いを表明させていただきました。
今回は、私がこれまで伺ってきた大空襲の体験談を中心に話をさせていたきました。それは、先月の「広報まつど」平和特集号に、私たちが街頭演説をしているまさにこの地「松戸市日暮」においても命を落とされた方がいらしたとされていたからです。
わが国の75歳以上の方は全人口の13.3%です。もの心がつき戦争の記憶を残していらっしゃる方は1割ほどではないかと思います。
思い出したくない記憶かとは思いますが、そのうえでなお戦争について語っていただけるよう、これからの人たちに記憶をつないでいただけるよう、努力をしてまいりたいと思います。

公園に見る歴史

「広報まつど」7月25日号は平和特集号でした。
松戸市の戦災状況によれば、東京を空襲するB29は駿河湾方面から侵入し、松戸市上空をへて九十九里浜から離脱したとされています。
離脱の際、機体を軽くするために残っていた爆弾を松戸市に落としたと推測されています。
最初の戦災は、昭和19年11月27日で高塚新田でお一人が重症。この時の米軍の攻撃目標は東京中島飛行機武蔵製作所(現在の武蔵野中央公園)でした。
最後が、昭和20年4月13日23時ごろからで、お二人が亡くなっています。この時の攻撃目標は東京造兵廠ですから、現在の北区立中央公園や陸自十条駐屯地です。
人々が憩い、私たちが何気なく訪れる公園にもこうした戦災の歴史があることを忘れまいと強く思いました。