東北地方太平洋沖地震」カテゴリーアーカイブ

「3・11から10年」に思う

千葉県には、現時点では活断層は見つかっていないとこれまで書いてきました。
所が、8万年前以後に活動したと思われる「野田隆起帯」があるという報告がなされました。
北は千葉カントリークラブ川間コースの東付近から、南はおおたかの森駅付近まで約10キロメートルの断層だとのことです。
国道16号線にも沿っているので驚きましたが、なるほどそうかと思うような明瞭さはありません。
そこで、昨年の九都県市合同防災訓練は、『野田隆起帯を震源とするM7の大地震』を想定したものとなりました。
コロナ禍により、訓練参加人数はかなり制限されましたが、それだけに訓練の内容や結果はしっかりと県民の皆様にお知らせしなければなりません。
「3・11」10年の節目に今一度、防災意識を高めねばと思います。
※写真は、おおたかの森でのイベントの1コマです。

どこまで落ちているのか?

今朝の各紙は福島第一原発第2号機の溶け落ちた核燃料が圧力容器の底に残っている可能性を報じています。
そこで、ネットで鉄とコンクリートの融点を調べてみると鉄が1538℃とすぐに判明したのに対し、コンクリートの融点がよくわからなかったのが意外でした。
冷却水を失った核燃料は2800℃の高温になりますので、鋼鉄製の容器を溶かしながら落ちていきます。コンクリートの融点が鉄より高いとは思えませんのでコンクリートも溶かして落ちていくでしょう。
その一方で、周囲のものを溶かせばその分密度は低くなりますので、いかに重い酸化ウランとは言え「どこか」で止まるはずです。
この「どこか」というのを、計算すれば簡単に出せるものと私は思っていました。
ところが、各紙ともこの理論上の数値には触れていません。もしかすると、こんなことすら私たちの「科学」はわかっていなかったのでしょうか?
時々報じられる「事故」の一つ一つが驚きばかりというのが私の実感です。

東日本大震災から5年

本年の3月11日で東日本大震災から5年が経過します。私たちも県議会において、かねてより5年の機会をとらえ「風化」させない催しを千葉県に要望してきました。今なお18万2000人の方々が避難生活を強いられています。5年を機に復興への取り組みを再点検し一層の努力をしなければなりません。
さて、本日の日本農業新聞に『15年産の福島米全袋検査 基準超えなし』という囲み記事がありました。
1000万前後の袋があると推測されますので、その全てで放射性セシウムが基準値を下回ったことはうれしい限りです。
12年産米から71袋、28袋、2袋と減じていましたのでそろそろとは思っていました。
お米ではありませんが、千葉県産の農産物にも諸外国から未だ輸出制限がかかっている品目があります。
わが国全体としても風評被害を一日も早く払しょくしたいものです。
『「風評」の一掃、「風化」をストップ』に全力で取り組んでまいります。

安全安心の教訓は福島原発の検証から

今朝の千葉日報は、『(福島第1原発の)2号機放水路で高濃度検出』と報じています。
水素爆発を免れた2号機が、爆発した他の原発よりも、けた違いに大量の放射性物質を放出してしまったことはご存じの通りです。
電源喪失の暗闇の中で、人類が経験したことのない巨大事故に直面した人たちがどう対処したかということは純分に検証されるべきと思います。
また、専門知識の乏しい政治家が、専門家からの助言なしに巨大事故に対処した時にどういうことが起こってしまったかも検証が必要です。
NHKスペシャル『メルトダウン』取材班は『(官邸主導の)統合本部ができた3月15日午後以降の(放射性物質)放出量が事故発生から3月末までの75%を占める』と指摘しています。
原発事故を2度と起こさないための検証が、実は他の巨大事故のみならず、災害対策にも、さらにはわが国の安全保障にも密接に関わっていることをあらためて思うのです。

阪神淡路大震災から20年

1月17日、阪神淡路大震災からちょうど20年目を迎えました。犠牲になられた方々に心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。
近代都市が直下型地震の直撃を受けたことから、都市災害を考えるうえで多くの教訓を残しました。
たとえば、発生時刻の午前5時46分には、すでに公設卸売市場に多くの人が働いていました。その人たちがどういう行動をとったのかも教訓の一つです。
市場は大きな被害は免れました。しかし、市場の周辺地域では倒壊家屋の中に取り残された人たちが大勢いました。
市場の人たちは地震に遭遇して、まず家族の安否確認をします。ところが電話がつながりませんので自宅へ戻ったのです。
災害時に家族の安否確認をするのは当然のことでしょう。もし、このとき家族と連絡が取れていれば市場周辺の救助活動ができていたはずなのです。
災害時には電話不通が当たり前と考えるのではなく、災害時でもつながることが大事なのです。
切迫性の高まっている南海トラフ地震や首都直下地震に対応できる通信インフラの増強整備を強く求めてまいりたいと思います。